火華

斯く斯く然々の思いつきで書いてます。

世界観

   何かをしないという理由として「したくない」と言うのはまともな答えにはならないと思う。どうしても普通の人間は、やりたくないことをやらなければならないからだ。言い換えるとやりたくないことをやらなければならない人間が普通の人間であって、やりたくないことはやらない人間が特別な人間であるからだ。すると、特別になりたい人間はやりたくないことをやらない努力をすべきで、やりたくないことをいくら頑張ってやったとしても特別になれるわけがないのではないだろうか。

   我々のやりたくないことがたまたま、世間が望む「人間像」への近道であるなら、それをやらないと言うのはある意味ではとても勇敢な行動なのかもしれない。こんな世界で、そんなDNAを持って生まれて来たということは、つまり世界が求める私ではなく純粋に私は私としてあり続けるということはそう言うことなのだろう。あくまで選択の問題であって決してどっちが上か善かの優越をつけられる問題ではない。どの道を選ぶか、本来ならばそれを自ら決めるだけでよいはずなのだ。世界はいつまでたっても不条理で満ちているだろうし、みんなが理想とする「公平」にはならないだろう。世の中ははなからそのように作られているんだ。だからこそ多様性に満ちている世界になるのだ。その残虐さを訴える人、そうでない人々。それぞれが一つになって世界を構成する。意味ない人間なんていない。物語には「葛藤」がなければ何の面白みもなくなってしまう。間違ったことは一つもない。だから人は永遠に考えなければならない。所詮正解なんてないんだから。