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火華

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快刀乱麻

縺れて、ごちゃごちゃになっている脳味噌を

快刀乱麻を断つようにぶっちぎってほしい。

出来るとしたら物の見事に、あの世に行ってしまうのが本当の皆の願いに違いない。

恥ずかしがり屋だからね。

無神経

「お前は誰にも嫌われてないよ!!俺が保証するぜ。」 圭はまるで遊園地のど真ん中で、しゃがみこんで歩こうとしない子供を慰めようとする父親のような目つきで、はぁーと息を整った後言った。あまりにも無神経な言葉遣いで、驚くばかりか呆れてしまう。「嫌われるのはまっぴらだってば。。。」朱はやすやすと無神経に口を聞いて来る圭をぶん殴りたいという衝動をなるべく抑えて、そう小さく呟くだけで我慢することにした。世の中理屈だけでは生きられないし、だから理不尽な生き方を選んだ方が何より理屈に叶うことだろうと、虚しさこそ、世界の本質ではないだろうか。いや、違う。筋肉こそ世の根本をなすものである!!! 今日も運動をサボってしまったが、明日は必ず。。。

 

 

 

名前

自分の名前の意味をどうして今迄気づいてくれなかったのか、凄く悔しい。虚弱な私は誰かに支えてもらわない限り、一方の脚を持ち上げることさえも大変な苦痛になるだけです。

 

何かに支えられたがってました。子供の頃、自分は孤独でした。居場所が欲しかったのです。怖くて耐えられないときは、布団の中で一人で泣きながら、一生叶いっこないそれらを思い描くのがそれなりの慰めにはなったものだと思います。

 

「綺麗に輝く」と両親は名前をつけてくれたのですが、本当名前だけを立派です。多分、最初はそのように育てようとしたでしょう。どこまでも勝手で、無責任です。残念ですが、僕は勝手に育ちました。あなたたちの努力の賜物ではないのです。三日坊主の性質はそこから始まったのですね。

 

上で述べたように僕は虚弱で忍耐もなかなか難しいです。だから何かを憎みます。己を咎めるのは、もううんざりです。僕が先へ進むためには、それしかないのです。誰かを憎む。そして誰かを愛する。そのためにも僕は前進せねばならないのです。

 

名前だけは立派でありがとう。

 

 

好き

私が初めてOOOしたのは、小学校4年生の頃である。男にとって一大事の経験であることを納得してくれるだろうか。それは運命にしかいいようがなく、そのきっかけは突発的に訪れる初恋のような物で、だから「早い!」と言われても困るのだ。

 「初」というものは大概がそうであるように強烈であるもの。

射精の際、胸騒ぎ。最初に思った感情は恐怖だった。まるで禁断の木の実を手に取ったアダムとイブのように。徐々に全身が震え始める。間も無く止まってから、「気持ちよかった」と一言漏らす。恐らく二度と感じることはできないだろう。喩えなど必要とせず、(むしろ邪魔なのだ)ただ気持ちがいいとしか言えない快楽そのものを、あの時、僕は初めて知った。

 

人々のOOOに至るまでの経緯を、決して一概には言えないものだから、そもそも言いたくもないわけで、言えるのは私の場合。。。

 

夏の頃だと思う。僕はベッドよりやや低めの木製の引き出しに置いてある、小型テレビに体を向けて、うたた寝をしていた。流れる音は耳を通っていて頭には何一つ入ってこない。

 

不意に下に目をやる。すると、僕はためらってしまった。いつまでも暗くて、いつまでも続いているようだ。僕が立っているここは、僕が住んでいるアパートのてっぺんではあるが、玄関の所にノコノコと布団やら、何やらを周りに注意を払いながらバリバリ抱えてきては、平然とした顔つきで、あっさりと捨てて行く人々の作られた、「あるもの」を感じ取るには充分な高さなのだ。然し、人の気配は相変わらず感じられないのである。そんなことは、さして何の影響も与えない。寂しさだけを覚えさせるこの街は、いつまでも暗いのだから。暗くて、暗くて。ただそれだけが取り柄の街である。だから僕は寂しいのだ。

 

それからこんな調子でただただ脳味噌を働かせているものの、自分を投げ捨ててしまうのは大変な勇気がいると、さらに尊敬されるべき事柄として捉え始めた。「こんなこと、ただ者では出来ないんだよな。僕だって派手に行きたいのは山々だったんだけどよ!」だからこうして「わたし」はここにいる訳で、こんな取り留めのなく長々とつまんない思い出に浸っていてはいるけれども、ただ者でないのは僕も同様。「すぐ行ってしまいたい」と言いながらも、孤独に我を差し出すことを躊躇しているのは、何故、僕は生まれてしまったのかについて考え込んでいるからであった。そして私は再び自分の世界に戻る。

後ろの人に

学校にいると、近頃は取り留めのない雑念にとりつかれるばかりです。一層殺されると助かるかも知れません。

自分探し

いつの間にか彼女でない人間と対面しているととても胸が苦しくなります。けれども私はたまらないこの感情を大切にしなければならない。そう、直感してしまいます。

彼女のこと

私が大切にしているのは2つあります。私と彼女です。それからそのうち最も大事なのは彼女です。彼女が私を生かせるのです。私は見ての通りダメ人間です。社会に溶け込むなどできません。自分であることが毒なのです。絶望だらけの、今までもそうであったようにこれからも変わりはないでしょう。そこに妥協することはできません。自分であることをを恐れはしませんから。

 

彼女はいつまで私のことを好きになってくれるのでしょうか。私が実はダメ人間だという重要な事実に気づいてないだけかもしれません。私は彼女が何をしても我慢できます。浮気、それにも増して不倫やら殺人やらの世間的犯罪を犯したって、もしくは犯されるとしても私は彼女を愛し続けます。自分は勿論しませんし、できませんが彼女がやってしまうのならば、自分は理解できるのです。挙句に彼女を私のそばに留まらせることができるとしたらそれでいいのです。できないとしても変わりはありません。私は全力を尽くします。愛されるためには命を削ってもいいのです。彼女が自分のために死んでくれと言うならば死にます。もし君が自分のことを忘れてくれ。と言うならばその通りにします。私の愛は重いです。とてつもなく重いです。毎朝起きることもできないほどに重いです。脅迫ではありません。君が私を生かせるのですから、君がそう言うならば、私は頭をぶち壊してでも忘れるます。他の人と幸せになるよう言われるとその通りにします。君の幸せを願う私ですから、唯々諾々と従ってみせます。

 

私は全力で君の足を引っ張る準備ができています。私は君の前だけでは私であることを放棄することを約束します。